Piyauchenのできるまで・3

続き物なので、からどうぞ。

ーー
研修所を大学四年と社会人一年の2年間で終え、アルバイトをしながら合唱のエキストラを始めました。ちなみに、新卒で入社した会社はやめてしまったのです…。9時5時ぴったり勤務を狙って一般職で入ったのですが、なんと運の悪いことにシフト勤務の部署に配属。体調もひどく崩してしまったため、あっさりあきらめたのです。(親は激怒してました、笑)そのとき思ったのですが、まあ健康ならなんとか食べてはいけるよね、バイトでもパートでもすれば…それより今歌をやめたら後悔するなあ…と思って。

当時は「二期会合唱団」という団体がありまして、小編成ながら選任でオペラやコンサートの合唱をやっていました。そこに、必要に応じて配属されるエキストラのアルバイトを始めたのです。研修生を出たばかりの人は、まだ「ソリストになる!合唱なんてあたくしできませんわ、おほほ」的な野心に燃えた人も多かったりするので、とりあえず「やりますやりますやりたいです」と言っておけば、1~2回はチャンスをいただけたのです。(その先続くかどうかは、本人の勤務態度と努力次第ってとこですかね)

合唱団は、オペラならたいてい自分でメイクもしますし、ソロだけやっていたらご一緒できないようなすばらしいオケやソリストともご一緒できて、とても勉強になりました。また、その頃の二期会合唱団は年齢層も厚くて、演技や舞台上のマナーなどもたくさん教えていただいたり、盗ませていただいたものです。

そのほかに、大学1年から東京交響楽団の合唱(東響コーラス)にも参加していたのですが、そのご縁で事務局のアルバイトもしていました。定期演奏会のお手伝いとかすると、GPや本番(の一部)を聴かせていただけたりもするのです。歌ものだけじゃなくて、たくさんのコンチェルトやシンフォニーを聴くことで、オケのサウンドに慣れ、いろんな楽器の特色もだんだんわかってきたりして楽しかったことも、今思うと大事な勉強でした。

コンクールやオーディションでは、ホントに落ちまくりだったわけなんですけど(技術が安定していなさすぎたって今なら思います)、根拠なく「いつかソリストになっちゃうぜ」って信じていたので、いろんな場面でも「勉強勉強」と思ってました。

そうそう…研修生2年目で日本物をやる人たちがいたのですが、その中に着物が趣味で自分で着られる人がいたのです。「んー!やっぱり将来着物も着られないとだめだ」と思ったので、安い着付け教室に通ったりもしました。全くその頃は着物を着るレパートリーをやるなんて思いもしてなかったのですが…。着付け教室に通うと、やっぱり着物を着る機会が増えますよね。すると、さばきや立ち方のコツなんかもちょっとわかってくるわけです。すっかり忘れてしまわないように、年に数日は家でちょっと浴衣を着て過ごしてみたりしたのですが、それがずーっと先になってスズキをやる時に大いに役立ったりしました。

声楽的には、6年ついた最初の先生に「どこか好きな先生のところに行きなさい」と放牧に出され、研修所のクラスでお世話になった先生のところに変わったりもしました。そこではもう少しリリックなレパートリーをやったりして、最終的には「メゾもいいかもよ?」ということで、メゾのものもいくつか試したりしました。でも何となく自分ではしっくりこないなあ…と思いつつ、お仕事しながらレッスンに通う日々でした。

次回はメゾに転向したあたりのお話でも…

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 クラシックブログ 声楽へ

この記事へのコメント

  • ポジメク

    色々と御苦労なさったんですね。それでも自分を信じて進んでいらっしゃったのが良かったのでしょうね。
    以降も楽しみにしております。
    2009年07月02日 14:40

この記事へのトラックバック